茨城県人としては東海村の二人の作業員が多量被爆して壮絶な闘いの末亡くなられた事故を忘れる事はできない。彼らには核物質の危険性についての適切な現場教育がされていなかった。
東海村の村長さんの怒り、そして被爆された住民の方々。しかしそれがどの程度全国的な体験として共有されたのか、今となれば、非常に不確かだ。かなりの数の文化人が原発のPRにかり出されていた。ご本人たちも実情を十分に把握していなかったのかも知れないが、大きな力の前に原発と大量に出るその廃棄物の危険性についての正当な報道もされず、皆、何となく丸め込まれてきた。
今もまた同じような動きがある。一人一人が多角的に情報を拾い、自分で考え、生まれ育った土地に住めなくなると云う事がどんな事か、自分の事として内面化しなくてはならない。カリフォルニア州よりも小さな日本の国土、もう一基、原子炉が制御不可能になり暴走を始めれば、安心して食物を育て食べ生活できる場所は、本当にどこにも無くなってしまう。これ以上、悲劇を繰り返してはいけない。**
「原発の危険と云うのには二通りありますね。事故が現実に起こるかも知れないと云う危険、それから何十万年にも渡って毒物を子孫に残すと云う危険。何十万年にも渡って人間はその毒物を管理し続け、管理に手落ちが無いと云う事になるかも知れないが、それによって我々が管理され抑圧されると云う事に必ずなる。そう云う管理のパターンと云う物は避けたい。今だってもうできちゃってますけれども、今よりも更に10倍も増えると云う事を、今直ぐにでもくい止めなければならない。そう云う意味で、これからの10年、20年、せいぜい長くて50年、その間、少しの楽をするために、毒物を作り出してしまうと云う事は我々は避けようではないかと、そういうふうに僕は思っているのです。」~水戸巌